0243.JR中央本線大曽根駅





JR大曽根駅は島式1面2線の高架ホームを有する、
中央本線の中央線名古屋地区の駅である。
1番線は下り多治見方面、2番線は上り名古屋方面が使用する。
上下線ともにホームに接していない通過線が設置されている。
築堤上にホームが設置されているが、下り方の一部は高架になっている。
大曽根駅は名古屋鉄道瀬戸線も接続し、並行してホームが設置されている。
JR中央西線は北側、名鉄瀬戸線が南側にホームを有し、
北側にはJR大曽根駅の駅舎があり、
駅前には「ゆとりーとライン」の乗り場もある。
「ゆとりーとライン」はガイドウエイバスで、
大曽根から小幡緑地間の6.5kmは、
車体下に案内装置を設置した特別なバスで高架上の専用軌道を走り、
小幡緑地から中志段味は一般道に下りて、
普通の路線バスと同様に走る新交通システムである。
基本的にはバスの車体を利用しているためにコストも安く、
高架上を走るので交通事情に左右されないダイヤ運行が可能という、
非常にユニークな新交通システムである。
また途中から乗り換えることなく、
そのまま路線バスにもなるので、利用者にとっても便利である。
中央本線は東京から塩尻までの区間は中央東線として、
名古屋から塩尻までは中央西線として敷設され、
全通後に中央東線が中央西線を編入して中央本線となった。
中央東線のうち、御茶ノ水から八王子までの区間は、
甲武鉄道が敷設した区間で、同社は1906年10月1日に国有化された。
八王子から先は官営鉄道として1901年8月1日から敷設が開始され、
1906年6月11日には塩尻まで延伸している。
更に中央東線として1909年12月1日には塩尻から奈良井まで延伸、
翌年、1910年10月5日には藪原まで延伸、
同年11月25日には宮ノ越まで延伸している。
一方、中央西線としては1900年7月25日に、
名古屋から多治見の区間が開業、
1902年12月21日には中津(現・中津川)まで延伸、
1908年8月1日には坂下まで延伸、
1909年7月15日には三留野(現・南木曽)まで延伸、
同年9月1日には野尻まで延伸、同年12月1日には須原まで延伸、
1910年10月5日には上松まで延伸、
同年11月25日には木曽福島まで延伸した。
1911年5月1日には木曽福島から宮ノ越まで延伸し、全通した。
これにより中央西線は中央東線に編入され、中央本線に改称された。
設立の経緯からは東京から宮ノ越が中央東線だが、
国鉄分割民営化後に東京から塩尻はJR東日本に継承され、
塩尻から名古屋まではJR東海に継承された。
そのため、中央本線もJR管区に合わせて云われることがある。
中央西線のうち名古屋から中津川までの区間は、
中央線名古屋地区と呼ばれている。
中央西線は1900年7月25日に、
名古屋から多治見の区間が開業したが、
この時に大曽根に駅は設置されてなかった。
地元の要望と用地買収などにより設置となり、
1910年に竣工し、1911年4月9日に開業した。
中日ドラゴンズの本拠地であるナゴヤドーム、
現在はネーミングライツによりバンテリンドームナゴヤは、
南口から徒歩約15分の距離にある。


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撮影日時 2002/09/21 13:59:36

JR大曽根駅南口。
築堤内のトンネルからつながり、
ナゴヤドーム口(バンテリンドーム口)という副称がある。


画像 dd31907
撮影日時 2025/09/14 14:28:57
JR大曽根駅北口構内の様子。
南口に比べて自動改札も多く、
駅の中心側がこちらになっていることが分かる。


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撮影時刻 2002/09/21 13:57:45
ガイドウエイバス「ゆとりーとライン」大曽根駅。
高架上のレールを案内装置がトレースするため、
ハンドル操作を必要としない。
途中から高架を降りて路線バスとなる。


画像 de5625
撮影時刻 2002/09/21 13:58:51
JR大曽根駅旧南口駅舎。
独立した駅舎であるが乗降客は少ない。
ナゴヤドームで試合があるにもかかわらず、
駅正面のシャッターは降りたままである。


画像 de5654
撮影時刻 2002/09/21 17:13:59




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