0155.JR東北本線盛岡駅

盛岡駅は島式4面8線の地上ホームを有する東北線の駅であり、
田沢湖線、山田線の起点駅である。
また東北新幹線も接続し、島式2面4線の高架ホームを有している。
東北新幹線八戸延伸時に並行在来線である東北本線の盛岡から八戸までが経営分離され、
盛岡から目時までの岩手県内の東北本線はIGRいわて銀河鉄道が継承している。
在来線島式ホームは2番線から9番線が付番され、
2番線は山田線とIGRいわて銀河鉄道直通下り線、
3番線は東北本線上りとIGRいわて銀河鉄道直通下り線が使用、
4番線は寝台特急「カシオペア」下り札幌方面、
5番線、6番線、7番線は東北本線上り、8番線、9番線は田沢湖線が使用する。
IGRいわて銀河鉄道は頭端式1面2線の地上ホームを有し、構内改札が設置されている。
旧JR在来線1番線と貨物列車通過線を利用し設置された。
新幹線ホームは3階部分に設置され、11番線から14番線が付番されている。
11番線は東北新幹線上り副本線、12番線は東北新幹線上り主本線、
13番線は東北新幹線下り主本線、14番線は東北新幹線上り副本線が使用する。
東北新幹線「はやぶさ」と秋田新幹線「こまち」の分割併合が行われ、
盛岡から田沢湖線に入る「こまち」は渡り線を通って新幹線高架線から田沢湖線に接続する。
東北本線は日本鉄道によって敷設された路線であり、
1883年7月28日に現在の高崎線にあたる上野から熊谷までを開業、
このうち上野から大宮までの区間がのちに東北本線となる。
この時点では大宮駅は開業していなかったが、
1885年3月16日に大宮が開業、同年7月16日に宇都宮までが開業した。
しかし利根川を渡る橋梁が完成しておらず、この区間は鉄道連絡線で接続していた。
1886年10月1日に那須まで延伸
、同年12月1日に黒磯まで延伸、
1887年7月16日に郡山まで延伸、
同年12月15日に塩竈(のちの塩釜線塩釜港)まで延伸、
1890年4月16日に途中駅の岩切から分岐して一ノ関まで延伸、
同年11月1日に盛岡まで延伸、この時に終着駅として開業した。
1891年9月1日には盛岡から青森まで延伸、盛岡は中間駅となり、
のちの東北本線は全通した。
日本鉄道は1906年11月1日に国有化され、
1909年10月12日の線路名称制定により上野から青森までと秋葉原までの貨物線が東北本線となる。
田沢湖線は1921年6月25日に橋場軽便線として盛岡から雫石までが開業、
1964年9月10日には赤渕まで延伸した。
大曲方面からは生保内軽便線として1921年6月25日大曲から角館までが開業、
同年12月11日には神代まで延伸、
1923年8月31日に生保内(現・田沢湖)まで延伸した。
1922年に軽便鉄道法が廃止され、橋場線、生保内線に改称、
両線の渡り線として生橋線が建設され、
1966年10月20日に赤渕から田沢湖までが開業、
同時に生保内線とともに橋場線に編入、田沢湖線に改称された。
田沢湖線は1996年3月30日に全面休止、
狭軌から標準軌への改軌が行われた。
約1年の工事で改軌が完了し、1997年3月22日より標準軌として営業を再開、
秋田新幹線「こまち」が乗り入れるようになった。
山田線は1923年10月10日に盛岡から上米内までの区間が開業、
その後も延伸され、1934年11月6日に宮古まで延伸した。
その後も延伸され、1939年9月17日には釜石までの延伸が完了し、全通した。
2011年3月11日に発生した東日本大震災により全線不通になり、
その後同年4月13日には盛岡から宮古までが営業再開したが、
宮古から釜石までは復旧の見込みが立たず、バスによる振り替え輸送が今もまだ続いている。
画像 de2149
撮影時刻 2001/11/23 10:06:42
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